1310年の『国牛十図』に、伊賀牛は大和牛として記されています。食肉としては、伊賀忍者の戦争食として、牛肉の天日干しが食べられていたとされ、この忍者干し肉が「伊賀肉」の元祖ではなかろうかとも言われています。
 明治38年、初めて肉牛として東京へ出荷。以後肉牛の出荷は年々多くなり、伊賀牛の名声も全国に広まりました。昭和初期から昭和20年代にかけては、気候に恵まれた、水の清らかな伊賀の土地で肉牛の素牛として育てられ、松阪方面及び近江方面に出荷されていました。近江牛の大半は伊賀の素牛であったとも言われています。